どうすれば自分の行くべき道を迷わず正しく選択できるのか。
私は神様に出会うまで、沢山の心配や悩み、恐怖心を心の奥に抱きながら生きてきました。
特に物事を深く考えすぎてしまう性格だったので、常に心の中に、収まりきらないほどの心配事がありました。まだ起きてもいない未来に対して、自分なりに「ああではないか」「こうなってしまわないか」と、あれこれと妄想し、勝手に不安だけが自分の中に募る毎日でした。
なんとかその将来への不安をかき消そうと、友人と遊んでみたり、映画を観たり、お給料が入るたびに沢山買い物をしたり、この世のありとあらゆる娯楽で、気持ちをごまかしてきました。
毎日同じことの繰り返しで、毎日同じ日が来る、毎年同じことを繰り返して、そのうち人生にも飽きて来るようになっていき、それでも「平凡は幸せなのだ」と言いきかせていました。
自分の生きる意味を、人は心のどこかで求めています。
そして、特に夢や目標がなくなってしまった時、自分の個性才能をなかなか見出せない時、漠然とした不安に襲われます。
「何のためにこの世に生まれてきたのか。」
「なぜ生きているのか。」
もし仮に、私たちに生まれてきた理由がないのであれば、今生き続ける意味もないのではないでしょうか。
誰もがただ死に向かって、残された人生のカウントダウンをしているだけなのでしょうか。
不安や心配と苦悩の中で生き続けて、命が尽きるのをただ待ちわびる人生を送るために、私たちは生まれてきたのでしょうか。
自分が生きている意味。
これを真に見つけた人は、これから先の人生に何の迷いもなくなります。その生きる意味のために、やることがとても明白になるからです。
こちらの道に行こうか、あちらの道に行こうか、それともこっちだろうかと、悩む必要が一切ないのです。生きる意味を見つけたなら、自分の進むべき道が一筋になるからです。
私たちは神ではないのです。
思い悩んだところで、誰がその先の道に何が待ち構えているかと分かることができるでしょうか。
全てのことは、この世の地と天を見通す神にしか分からないのです。
つまり私たちが思い悩み求めている答えは、実は全て神様のもとにあるのです。
そして、その神様に自分の人生の全てを委ねてみるなら、神様は、神様なので、私たちに食べるものを与え、着る物を与え、必要なお金を与え、強く守ってくださいます。何を食べようか、何を着ようか、と思いわずらう必要がないのです。
必ず、与えてくださいます。
また、あなたが神様を真に信じて祈り求めるなら、あなたの真に行くべき道も、豊かに、様々な万物やこの世の人を通して、感動を与えて、力強く導いてくださるようになります。
自分のやりたいことや、計画がどんなに努力しても上手くいかない。
それは、神様があなたに望まれている道ではないのかもしれません。
もし、全く上手くいかない自分の人生を見て、行くべき道が分からなくなってしまったなら、意味があってあなたをこの世に創った神様に、全てを委ねるのが知恵なのです。
そうすれば、自分が何のために生まれてきたのか、何のために生きているのか、またどこへ向かえばいいのかと不安になる必要もなくなります。
神様が必ずそれを教えてくださいます。
それとも、私たちは自分の力でこの世に生まれてきたのでしょうか。
自分の意思でこの世に生まれ、自分でこの身体を創り、この世に生きる意味を自分で分かっているなら、何も心配になったり、不安に陥いることもないのではないでしょうか。
私たちは、自分の身体のことでさえ、何も分かっていないのです。
人の身体の真の仕組みを知りつくしているなら、どうすれば健康になるのかも全て分かって、誰も病気になることもないのではないでしょうか。世の中には様々な健康法が囁かれていますが、果たしてどれを実践すれば確実に真の健康にあずかれるのでしょうか。
私たちは知っているようで、何も知らないのです。
もし誰かがこの世の全てを知りつくしていたなら、この世の全ての人がそこから答えを得て、今頃とっくに思い悩むこともなく、鬱になることもなく、不安や心配事全てから解放されているのではないでしょうか。
神様は、思い悩むなとおっしゃいます。
マタイによる福音書/ 06章 31節
だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。 それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
なぜそうおっしゃるのか。
私たちは人間だからです。
人間には考えても考えても、何も分からないし、答えが出ないからそうおっしゃるのです。
あなたたち人間が何かを自分の頭で考え、搾り出そうとしても、答えは出ない。だから、明日の食べるものを与え、明日の着るものを与え、明日の命を与えることができ、また全てを一瞬で奪うことさえもできる私に一切を委ねなさい。
そうおっしゃってくださっているのです。
私たちが何か思い悩むだけ無駄なのです。
その時間はあまりに意味のない、虚しい時間です。
私は、同じことの繰り返しの奴隷のような毎日から、1日1日が輝き、1日1日神様に救われて、神様に愛されているという喜びで、何をするにも心がワクワクする毎日を送ることができています。
そして何より、一切悩みがありません。
なので、誰かに悩みを相談する必要もありません。
誰かがあなたの話を聞くことぐらいはできて、少し心が軽くなったと思っても、またいずれ不安と心配事にぶつかって、問題にぶつかります。
これから生きていて、一生そのような問題や悩みは必ず起こります。
そのたびに人に相談して、解決する保証はどこにもありません。
現に私は、家族や友人、知人など、人に相談することさえできないほどの絶望を味わいました。
今はそれほど大きな問題を抱えていなくても、いつあなたの身の上に絶望が襲い、災いがふりかかり、死んでしまいそうなほどの苦しみに遭うかは、分からないのです。
その時は、今まで通り人に相談すれば心が軽くなる、なんて言っていられないかもしれません。
ですから、深く思い悩んでいるなら、あなたのことをあなた自身よりも知っている神様に相談すればいいのです。
神様は、そうして信じて祈り求める人に、すぐにでも答えをくださいます。
強力に導いてくださいます。
時に人を使って助けてくださいます。万物を通して感動を与えてくださいます。
神様に不可能はありません。ですが神様は、信じない人を嫌います。神様の力を信じないような人に、神様も自分の力を示す気にはなれないのです。
「自分の力で解決してみるがよい」とおっしゃって、その人の不幸をジッと見つめていらっしゃるでしょう。
一切の思い煩いを、一度神様の力を信じて、神様に相談するなら、神様は喜んでその人に近づいてきて、大きな手を優しく、強く、差し伸べてくださいます。
力強くあなたの小さな手を握りしめてくださいます。
そして、神様の偉大さを肌身に感じるしかないほど、強力なしるしや奇跡を通して、神が存在している、ということを示してくださるでしょう。
皆さんが、今の悩みや不安、心配事全てから解放されて、伸び伸びと人生を生きていくことができることを心から願っています。
皆さんに神様からの祝福がありますように。
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